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熊本地方裁判所 昭和24年(ヨ)47号 判決

八代市

申請人

日本セメント労働組合八代支部

右代表者

支部長

東京都

被申請人

日本セメント株式会社

主文

本案判決確定に至る迄被申請人会社は申請人組合と協議を経た上でなければ、被申請人会社八代工場につき工場の売却譲渡閉鎖休業を行い、又は申請人組合の組合員を解雇したり、その待遇を現状より不利益に変更してはならない。

訴訟費用は被申請人会社の負担とする。

申請の趣旨

申請代理人は、申請人組合及び被申請人会社間に昭和二十二年十一月十八日締結せられた労働協約は労働協約存在確認訴訟の本案判決確定に至る迄その効力を持つ。被申請人会社は申請人組合と協議してその同意を得た上でなければ、事業場の閉鎖売却休業事業の縮少その他申請人組合の組合員の身分に重大な影響を及ぼす経営上の改変を行つてはならない。被申請人会社は申請人組合と協議してその同意を得た上でなければ、申請人組合の組合員に対し解雇賃金の不払その他労働条件につき従前の協定に基く待遇を不利益に変更してはならない。との判決を求める。

事実

申請代理人は、申請人組合は被申請人会社八代工場に於ける使用者側を除く全従業員を以て、昭和二十一年二月四日日本セメント八代工場労働組合なる名称の下に組織せられその後後記の如く昭和二十四年二月十六日日本セメント労働組合八代支部と名称を変更した。同工場に於ける唯一の労働組合で、支部長を代表者と定めその名に於て裁判上の請求をなし得るものであり、被申請人会社は東京都に本社を置き、八代工場始め全国に二十余の事業場を有する会社であるが、被申請人会社は昭和二十二年十一月十八日当時右各事業毎に組織せられていた労働組合の連合体であり、申請人組合始め右各単位組合を代表する日本セメント労働組合連合会(以下単に連合会と略称する)との間に同日以降昭和二十三年五月三十日迄を有効期間とする労働協約を締結し、被申請人会社はその組織機構の変更労働条件に関係ある諸規則の制定改廃及び事業場所の閉鎖等重要事項については連合会又は申請人組合に諮り(同第十二条)、一定の例外の場合を除き組合員を解雇するときは、連合会又は申請人組合と協議し(同第十五条)給与の基準及び支払方法については連合会又は申請人組合と協議決定し(同第十八条)、一方的にこれらをなさない等の事項を約諾し、同年十二月五日団体交渉の結果右有効期間を同月一日以降向ふ六ケ月間とする改訂契約を締結した。その後連合会は昭和二十四年二月十六日全国大会を開き、規約の一部を変更し、役員の改選を行ふと共に名称を日本セメント労働組合と改めたので、これに伴ひ申請人組合もその名称を日本セメント労働組合八代支部と改め規約の一部を変更して同年三月十二日その旨行政官庁に対する届出を了した。然るに被申請人会社は右規約及び名称の変更を目して連合会及び申請人組合の解散なりとし、予て同年二月二十二日より開催の予定であつた中央経営協議会の開催を拒否し、同月二十六日右解散により労働協約が失効した旨を通告し来り正当な団体交渉にも応じないとの態度を固執したので、申請人組合及び日本セメント労働組合は再三その非なる所以を説明し、緊急の重要問題である企業整備に関する件及び賃金スライドに関する件について協約に基く経営協議会の開催を求めたのであるが、被申請人会社はこれに応ぜす組合側より労働委員会に対する斡旋依頼を提議してもこれ又一蹴し、被申請人会社経営の東京スレート工場及び清水スレート工場の両組合支部に対しては工場を休業する旨仄かす等事業の改廃分離休止を一方的に行はんとし、今後更に申請人組合にとり致命的打撃となるべき工場閉鎖解雇賃金不払等の協約の趣旨及び申請人組合の意思に反して一方的に行はんとする意図が窺はれる。然しながら申請人組合及びその所属する日本セメント労働組合の規約及び名称の変更は組合内部の問題であり、依然として従前と同一の職場に於て働く同一の労働者がその構成員であるからこれがため申請人組合と被申請人会社との間に労働協約が失効する理由はない。又仮りに連合会が解体したとしても右解体は更に充実した形態に発展したものであるから、嘗ての連合会の締結した協約は新組合である日本セメント労働組合との協約に移行すべきものである。惟ふに被申請人会社が右の如く強弁するのは被申請人会社事業の整理、人員淘汰を申請人組合の反対を抑圧して専断的に行はんとする意図に出づるものであつて、今や申請人組合の組合員にとつては急迫した危険が生じている。そこで申請人組合は目下被申請人会社に対し右労働協約が有効に存在することの確認を求むる訴を提起すべく準備中であるがその本案判決を待つに於てはその間に被申請人会社が前記の如き強暴な行為に出で、これが為申請人組合は回復し難い損害を被る虞れがあるのでこれが防止のため仮処分として申請の趣旨の如き裁判を求めるため本申請に及んだ旨陳述し被申請人の抗弁に対し申請人組合が昭和二十四年三月三十日二十四時間ストライキを行つたことはこれを認めるが、日本セメント労働組合が闘争宣言を発したことは不知、その他は全部否認する。本件協約第十二条第十五条により被申請人会社が申請人組合に対し負担する義務はその営業所たる八代工場に於ける業務に関するものであり、同営業所々在地を管轄する熊本地方裁判所が本件の本案訴訟の管轄裁判所であるから本件は同裁判所の管轄に属する。仮りに被申請人主張の如く申請人側の行動に協約の平和条項に違背する点があつたとしても、それは被申請人会社側に於て協約の規範的部分を遵守しなかつたことに対する抗議のための手段として行はれたものであるから、これがため協約が失効する理由はない旨反駁した。(疎明省略)

被申請代理人等は「本件申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする」との裁判を求め、答弁として申請人の前身である日本セメント八代工場労働組合始め被申請人会社各事業場の従業員を以て組織せられた各組合は昭和二十四年二月十五日開催せられた全国大会に於て右各組合を以て組織する連合会と共に解散し、翌十六日新に各事業場の従業員の外馘首せられた旧従業員、書記局員等を直接組合員とし、法人格を有しない単一組合である日本セメント労働組合を結成し、各事業場はその支部として発足したのであつて、従つて申請人は既に社団の一部に過ぎず、独立した主体ではないから訴訟の当事者たる適格を有しない。故に本件申請は却下せらるべきものである。又本件労働協約は連合会と被申請人会社との間に締結せられたものであり、この協約の効力を争ふ本案訴訟の管轄裁判所は被告たるべき被申請人会社の普通裁判籍の管轄裁判所たる東京地方裁判所であるから、本件は右本案の管轄裁判所たる同裁判所の管轄に属する。従つて本件は管轄違として却下せらるべきものであり、少くとも移送を免れないものである旨述べ、次に申請人主張事実中申請人が会ての日本セメント八代工場労働組合であり、その後昭和二十四年二月十六日日本セメント労働組合八代支部として発足したものであること被申請人会社が申請人主張の如き会社であること被申請人会社と連合会との間に申請人主張の労働協約を締結し、次で申請人主張の如くその有効期間を申請人主張の期間迄延長する改訂契約を締結したこと及び、東京スレート工場、清水スレート工場の休業を仄したことはこれを認めるがその他は全部否認する。前記の如く申請人の前身である日本セメント八代工場労働組合を始め被申請人会社各事業場の従業員を以て組織せられた各労働組合とその連合会とは既に解散したのであるから、連合会と被申請人会社との間に締結せられた労働協約は相手方を失ひ失効するに至つたものである。従つて右協約の有効なことを前提とする本件仮処分申請は失当である。新に組織せられた日本セメント労働組合の構成員は各事業場毎に組織せられた単位組合ではなく、被申請人会社従業員個人が直接の構成員であり、又新に従業員以外の者も組合員として加入することゝなり、代表機関その他組織にも大変更が加へられ、連合会とは同一性を欠くに至つたものであるから、単に名称規約の変更に過ぎない旨の申請人の主張は失当である。以上の如くであるから、被申請人会社は新協約の締結を提議したのであるが、組合側代表者は旧協約の有効を主張して経営協議会の開催を迫るので、連合会と日本セメント労働組合との関係の説明を求め団体交渉権者を確めたところ組合側は確答を与へず、却つて恰も被申請人会社が経営協議会又は団体交渉を拒絶するものゝ如く逆宣伝をなすに至つたものである。又東京スレート工場及び清水スレート工場の休業を仄したのは、スレートの原料供給工場である被申請人会社西多摩工場が、昭和二十四年一月以来怠業状態を続け原料たるセメントの生産が急減したので両スレート工場を休業するの已むなきに立到るやも測られない旨仄したに過ぎず、両工場は現在原料の供結を受けて操業中であり、被申請人会社に於ては毫も申請人主張の如き工場閉鎖解雇等の意図を有しない。又仮りに本件協約が有効であるとしても、同協約は事業場の閉鎖等については連合会又は単位組合に「諮り」、「組合員の解雇については連合会又は単位組合と協議する」旨を規定しておるのみであり、その趣旨は最後的決定権は被申請人会社側に在ることを示したものであるから本件仮処分申請は一部必要の限度を超ゆるものである旨及び抗弁として以上の主張が何れも理由がないとしても申請人組合を含む日本セメント労働組合は昭和二十四年三月十七日被申請人会社に対し、本件協約の平和条項を破棄して闘争宣言を発し、申請人組合は協約に定められた三十日の予告期間を遵守せずして同月三十日ストライキを決行したが、右平和条項は協約中主たる要素をなすものでこれを破棄した以上他の条項は無意味となり、同日以降少くとも平和回復迄は協約は効力を停止するものと謂ふべきであるから、右協約の有効を前提とする本件仮処分申請は失当である旨述べた。(疎明省略)

理由

被申請人は申請人が日本セメント労働組合の一支部であつて訴訟の当事者適格を欠く旨抗弁するので先ずこの点より審究するに、成立に争のない甲第一号証、乙第二号証、原本の存在及びその成立に争のない甲第二、三号証及び申請人代表者宗正男本人訊問の結果により原本の存在及びその真正の成立を認め得る甲第四、五号証並びに証人黒沢肇の証言により真正の成立を認め得る乙第一号証の一、二を綜合すれば昭和二十四年二月中旬開催せられた被申請人会社従業員の労働組合全国大会に於て、同月十五日申請人の前身である日本セメント八代工場労働組合を始め従来被申請人会社の各事業場毎に組織せられた各単位労働組合の連合体である日本セメント労働組合連合会を解体し、翌十六日新に被申請人会社全従業員個人(但し使用者側その他若干の者を除く)主要構成員とする全国的な単一組合である日本セメント労働組合が結成せられたこと、その後右改組に伴い単位組合である申請人組合は名称と規約の一部を変更したのみで、その儘その事業場に於ける特殊事情を基礎として独自の規約を有しその代表者をも擁する独立した活動体としての主体性ある労働組合として存続することとなり、現在の如き名称規約の申請人組合となつたことを認め得るのであつてこの認定に反する双方の疏明資料は採用しない。(甲第四号証の日本セメント労働組合規約中には該組合が各支部の連合体であるが如き誤解を招く虞れなしとしない点が散見せられ、新組合の法律的性格が稍々明瞭を欠く嫌ひなしとしないのであるが、規約全体の趣旨に鑑みるときは右認定をなすに妨げなく、又被申請人会社の各事業場の前記全従業員個人が各事業場毎にその特殊な事情を基礎として各独立した労働組合を組織すると同時に共通の目的の下に他の事業場の従業員と共に全国的に団結して単一組合を組織し一従業員が右両組合の組合員たる資格を併有することは毫も妨げないものと解する。)然りとすれば申請人が訴訟の当事者としての適格を有すること明白で被申請人の右抗弁は理由がない。次に管轄違の抗弁につき判断すれば民事訴訟法第九条に所謂業務とは本来の業務のみならず広くこれに関連する業務をも包含するものと解すべきもので、労働協約に関する訴訟は右広義に於ける使用者の業務に関する訴訟を謂うことができるし、本件仮処分申請事件の本案訴訟に於ては申請人組合に対する関係に於て労働協約の効力が争われるものと解せられるから、右本案訴訟は被申請人会社営業所である八代工場の業務に関するものとしてその所在地を管轄する熊本地方裁判所の管轄に属し、従つて本件は同裁判所の管轄に属するものであるから被申請人の右抗弁も亦採用し難い。而して前顕甲第一号証によれば被申請人会社は申請人組合を始め各事業場毎に組織せられた単位組合の連合体たる連合会を相手方として昭和二十二年十一月十八日労働協約を締結し、被申請人会社はその組織機構の変更労働条件に関係のある諸規則の制定改廃及び事業場所の閉鎖等重要事項については連合会又は各単位組合に諮り、一定の例外の場合を除き各単位組合の組合員を解雇するときは連合会又は各単位組合と協議し、給与の基準及び支払方法については連合会又は各単位組合と協議決定する旨約したことを認め得られるし、該協約が更に改訂せられてその有効期間を昭和二十三年十二月一日以降六カ月間とする旨定められたことは当事者間に争のないところである。然るに被申請人は右協約は前記連合会の解散により相手方が消滅したため失効した旨争うので、この点につき審究するに、前顕甲第三、四号証によつて疏明せられる如く、新に結成せられた日本セメント労働組合は連合会と異り、その構成に於て被申請人会社従業員個人を直接の組合員とし一部に於て従業員以外の者の加入をも予定しており、その目的として附帯的に組合員の政治的地位の向上なる新なる項目をも附加している等多少の相違が認められるが、而も尚その構成に於て被申請人会社従業員を主たる対象とし、その経済的地位の向上を主目的とする労働組合である点に於て旧連合会と実質上何等差異は認められないのであつて、労働組合法第二十三条の規定等に窺われる労働協約の社会法的乃至団体法定性質に鑑み、斯る場合右協約は日本セメント労働組合に対する関係に於いて依然その効力を維持するものと解するを相当とするので、被申請人の右主張も理由がない。更に被申請人は申請人組合を含む日本セメント労働組合が協約の平和条項を破棄して闘争宣言を発し、申請人組合が協約に定められた三十日の予告期間を遵守せずして昭和二十四年三月三十日ストライキを敢行したから本件協約は平和回復迄効力を停止する旨抗争し、成立に争のない乙第七号証の一、二によれば昭和二十四年三月十七日日本セメント労働組合が被申請人会社に於て前記の如く協約の失効を主張して中央協議会の開催を拒んだことに対する対抗手段として平和条項を破棄して闘争を開始する旨宣言を発したことを認め得られるし、同月三十日申請人組合が右闘争手段としてストライキを決行した事実は申請人の認むるところであるが、当初被申請人側に於て前段認定の如く協約が有効であるに拘らずこれを無効なりと主張し協約を無視する態度に出たものである以上、これに対する申請人側の対抗手段に右協約違反の点があつたとしても、被申請人側に於てこれを理由としてその責任を追及し、協約の効力を争ひ得るものとすれば、信義誠実の原則上寧ろ衡平を欠く結果となるので右主張は許されないところと謂わねばならぬ。而して証人村岡正の証言により真正の成立を認め得る甲第十七号証及び申請人代表者宗正男本人訊問の結果に、被申請人会社が本件条約の相手方に実質上の変更がないに拘らず、単に法律上形式的に相手方の交替があつた事実を捉えて協約の失効を主張している点を参酌して考察すれば、被申請人会社が近く同会社八代工場について申請の趣旨の如き経営上の改変を加え、又はその従業員に対し解雇その他労働条件に不利益な変更を加える気配の存することを推知するに足る。以上認定の如しとすれば本件協約の効力は申請人組合に及び、事申請人組合に関する限り申請人は右協約の効力につき法律上の利害関係を有し、従つて該協約の有効なることの確認を求むる権利を有すると共に被申請人に対しこれに由来する義務の履行を求むる権利を有するものと謂うべく、これが本案判決確定に至る迄の間に組合員は勿論申請人組合にとり著しい損害を生ずる虞れのあること明であるから、これを防止せんがため仮処分の必要あるものと謂わねばならぬ。そこで諸般の事情を考量して当裁判所が必要にして且つ十分な方法と認むる主文第一項掲記の仮処分を命じ、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文の如く判決する。

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